徳川時代のように大イエによって身分・家格と俸禄を世襲財産として保障されるのではなく、明治の民法が意図して作った「家」の当主は、その存続と発展に直接責任を負うことになりました。
身分資格の世襲制が無くなり、西洋的な私有財産が導入された結果、イエの系譜性は弱いものになり、疑似イエとでも呼ばれるものになったのです。これらの疑似小イエは、その後の近代化の流れのなかで、多くは都市の給与生活者となり、「家」は家業経営体としての機能を失い、消費の単位としての家庭、核家族へと形を変えていきます。
しかし、このような法改正のもとで、すべての家族が疑似小イエとなったわけではなく、豪商や富農層の準イエは家産を中心とした経営体として根強く生き延びています。
明治期に創業した多くの同族企業は、この疑似小イエを組織原則に持ちつつ、準イエを志向するものが多く、イエ組織の4つの特徴(超血縁性、系譜性、機能的階統制、自律性)を備え、意思決定にあたっては階統制の滲み出し、根回し型満場一致を踏襲しています。
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